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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)1672号 判決

原告 志村安蔵

被告 永井一已 外一名

主文

被告等は原告に対し東京都足立区千住高砂町一番地所在、家屋番号同町五十九番、木造瓦葺二階家二戸建住宅兼店舗一棟建坪十五坪、二階十五坪のうち向つて左側の一戸建坪七坪五合、二階七坪五合の明渡をせよ。

被告永井一已は原告に対し金一万千六百一円五十銭及びこれに対する昭和二十九年三月七日からその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員並びに昭和二十九年二月十五日から前項の明渡ずみに至るまで一カ月金千百四十三円の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告が被告等に対し金五万円の担保を供するときは、仮にこれを執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項同旨及び被告永井一已は原告に対し金一万五千六百五十円及びこれに対する昭和二十九年三月七日からその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員並びに昭和二十九年二月十五日から第一項の明渡ずみに至るまで一カ月金千五百円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、

(一)  原告は主文第一項表示の建物を所有するものであるが、昭和十四年五月一日訴外小松槇三郎に対しこの建物のうち向つて左側の一戸建坪七坪五合、二階七坪五合(以下これを本件一戸という)を賃貸していたところ、被告永井一已が昭和二十年四月一日右小松から原告の承諾の下に右の賃借権を譲受け、原告と小松との賃貸借契約を承継し賃借人となつた。そして被告永井が承継した賃貸借契約の要旨は次のとおりである。

(1)  小松がさきに原告に差入れた敷金四百円は被告永井が承継して原告にこれを差入れたこととする。

(2)  賃料は一カ月金三十五円とし毎月末日限り支払うこと。

(3)  賃借物の使用に必要な町内費、衛生費、塵介費、下掃除その他の費用は被告永井が負担すること。

(4)  被告永井は原告の承諾なく賃借物の用法又は原状を変更しないこと。

(5)  被告永井は原告の承諾なく賃借物の全部又は一部を転貸し又は賃借権を譲渡しないこと。

(6)  被告永井は電燈、水道使用料を負担し、畳の表替えの費用を負担すること。

そして賃料はその後停止統制額の改訂の都度値上して、昭和二十八年一月分から一カ月金千五百円に合意の上値上せられた。(この値上は昭和二十七年十二月末頃交渉の上合意が成立したもので、被告永井は昭和二十八年三月四日に昭和二十七年十二月分の家賃の金千円と昭和二十八年一月分の家賃各金千五百円合計金四千円を原告方に持参して支払い、同年四月五日には同年三月分家賃として金千五百円を支払つたのである。)

(二)  しかるに被告永井は昭和二十八年四月一日から昭和二十九年一月三十一日まで十カ月分の賃料の支払を怠つたので、原告は昭和二十九年二月一日被告永井に対し右延滞賃料合計金一万五千円を同月五日までに支払うべきことを催告し、右催告は即日同被告に到達したが、原告は更に同月八日同被告に対し重ねて前記延滞賃料を同月十日までに支払うことを催告し、右催告は即日同被告に到達した。しかるに同被告は催告期間の末日の同月十日を経過するも右延滞賃料の支払をしないので、原告は同月十五日同被告に対し、前記賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、右意思表示は即日同被告に到達した。よつて前記賃貸借契約は同日解除せられた。

(三)  仮に右の解除が認められないとするも、被告永井は昭和二十二年九月頃から原告の承諾を得ることなく右一戸の二階の店舗の部分(本件建物は二階が直接道路に接し、二階が店舗になつている)を他に転貸したので、原告は本訴において被告永井に対し右無断転貸を理由に前記賃貸借契約を解除する。

従つていずれよりするも、本件賃貸借契約は終了し、被告永井は原告に対し前記の一戸を明渡す義務がある。

(四)  被告川和田房枝は被告永井の内縁の妻で原告の承諾なく右一戸に居住し、原告に対抗し得る権原なくしてこれを不法に占有している。

(五)  よつて原告は被告永井に対しては賃貸借契約終了を原因として本件建物のうち前記一戸の明渡と、昭和二十八年四月一日から昭和二十九年二月十四日まで十カ月半の延滞賃料一万五千七百五十円の内金一万五千六百五十円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二十九年三月七日からその支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金と昭和二十九年二月十五日から右明渡ずみに至るまで一カ月金千五百円の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、

被告等主張の抗弁事実はすべて否認する。本件一戸の畳表替は被告永井が負担する約定であり、また原告は賃料の領収証はあらかじめ被告永井に通帳を交付しておいてその領収の都度これに記入して、その記入が全紙にわたれば新通帳を発行して来たものである。

なお原告は自ら本件一戸の修繕をして来たものであつて、昭和二十四年秋屋根瓦を修理し、金千八円を支払い、昭和二十五年春頃屋根にコールタールを塗り、昭和二十七年夏頃屋根瓦七枚を差替えて雨もりを直した外屋根の谷になる部分にコールタールを塗り、更に昭和二十八年十二月頃には下水設備を改造して金六千四百円を支出した。本件建物は店舗と居宅の併用住宅であるが、被告永井は店舗の部分を転貸していたから地代家賃統制令の適用のないものである。(地代家賃統制令第二十三条第二項但書、同施行規則第十一条参照)従つて原告が被告永井に対してした一カ月金千五百円の割合による延滞賃料の催告は適法である。なお原告が被告永井から昭和二十八年二月分及び三月分汲取料として一カ月金五十円宛二回受取つたことはあるが、これは原告が汲取組合の組合員として組合が定めた手数料を原告の汲取つた手数料として受取つたに過ぎないものである。念のために地代家賃統制令に従つて本件一戸の賃料統制額を計算すれば次のとおり一カ月金千二百二十円である。

(本件建物の固定資産税評価格)(本件建物の敷地坪数)

(1)  360,100円×3.7/1000+24円×30(坪)= 2,052円

(2)  昭和27年建設省告示第1418号による税額対比による増加額

(360,100円×1.6/1000-316,800円×1.6/100)×7/48 = 101円

(3)  2,052円+101円=2,153円…………本件建物一棟(二戸)分

(4)  土地固定資産税評価格(但し162坪分)

356,400円×3/1000 = 1,069円

(5)  本件一戸の敷地面積は21.8坪であるから

2,153円÷2+1.069円×21.8/162 = 1,220円35銭

と述べた。〈立証省略〉

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中

(一)  の事実は、原告が主文第一項表示の建物を所有していること被告永井一已が原告と訴外小松槇三郎との本件一戸の賃貸借契約を承継し、その賃借人となつたこと(但しその承継の日時及び契約条項のうち(4) 、(5) 、(6) の前段を除く)及びその後賃料が停止統制額の改訂の都度値上せられたことは認めるが、その余の事実は否認する。右承継の日時は昭和二十年四月二十日である。昭和二十八年一月分から賃料一カ月金千五百円に値上になつたことはない。原告主張のように賃上げの交渉があり値上になつたことはあるが、昭和二十八年一月分から一カ月金千円に値上げになつたのであり、仮に一カ月金千五百円に値上になつたとしても、右の金千五百円の賃料は地代家賃統制令違反である。本件一戸の賃料統制額は左記計算のとおり一カ月金千百四十六円である。

本件建物の固定資産税評価格 本件建物の建坪数

(1)  360,100円×3.7/1000+24円×30(坪)= 2,052円37銭

土地162坪の固定資産税評価格

(2)  374,220円÷162(坪)×3/1000×(坪)= 241円50

(3)  (2,052円37銭+241円50銭)÷2 = 1,146円93銭(一戸分)

(二)  の事実は、被告永井が昭和二十八年四月一日から昭和二十九年一月三十一日までの賃料の支払をしなかつたこと、原告が昭和二十九年二月一日と同月八日の両度に被告永井に対し右延滞賃料の支払を原告主張の催告期間内に支払うことを催告したこと(但し二月一日附催告は翌二日に被告永井に到達した)、被告永井がその催告期間の末日である同月十日までに右延滞賃料の支払をしなかつたこと、及び原告が昭和二十九年二月十五日被告永井に対し本件賃貸借契約解除の意思表示をしたことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  の事実は、被告永井が原告の承諾を得ずにその賃借家屋のうち原告主張の部分を他に転貸したこと、(但し転貸した期間は昭和二十二年から昭和二十七年五、六月頃までである。)原告が本訴において右転貸を理由に賃貸借契約解除の意思表示をしたことは認めるが、解除の効果は争う。原告が右解除の意思表示をした頃には被告永井は既に転貸していなかつたものである。従つて原告の転貸を理由とする解除の意思表示は無効である。

(四)  被告川和田房枝が本件一戸に居住しこれを占有していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(五)  は争う。

と述べ、抗弁として

(イ)  原告は被告永井に本件一戸を賃貸してから一度も修繕をしなかつたので、畳は破れ戸障子は開閉できない状態となり、また二階に上る階段は破損して使用に差支える状態となつたが、被告永井はこれを忍んで原告の要求するまま賃料の値上を承諾して昭和二十八年三月分までの賃料を支払つて来た。しかるに原告はその賃料の領収証を交付しないばかりか、昭和二十八年四月から賃料を一躍一カ月金二千円に値上を要求して来たので、被告永井は原告に対しその要求に応ずるから、六畳と四畳半の畳の修理と階段及び入口の戸の各修理をしてくれるよう申入れたが、原告はこれに応ぜず、且つその当時まで本件一戸の便所の汲取をしていたにもかかわらず、これをやめ、被告永井が他に汲取を依頼したところ、それを妨害したので、被告永井はやむなく自ら汲取らなければならない状態に追込まれた。そこで同被告は原告が前記修繕義務を履行し、且つ賃料領収証を交付するまで賃料の支払をする義務がない。

(ロ)  仮に右主張が認められないとしても、原告の被告永井に対する賃料支払の催告は統制賃料の約二倍に相当する過当な請求であるから、催告の効力はない。

(ハ)  被告永井は本件一戸の賃料を支払う意思はあるので、再三原告に対して賃料を定めてくれるよう申込んでいたにもかかわらず、原告は一方的に昭和二十九年二月一日付で被告永井に対し一カ月金千五百円の賃料額を以て同年一月末日までの十カ月分の賃料合計金一万五千円の支払を催告して来たので、被告永井は同月三日付で原告にその賃料を照会したところ、原告はこれに回答を与えず突然同月十八日仮処分の執行をして来たので、被告永井は同月二十四日取りあえず従来の賃料一カ月金千円の割合で昭和二十八年四月分から昭和二十九年一月分までの賃料合計金一万円を弁済のため供託したものである。従つて原告のした解除の意思表示はその効なく、本件賃貸借契約はなお存続しているから原告の請求は失当である。

(ニ)  仮に右主張も認められないとするも、原告の解除権の行使は解除権の乱用であるから、被告等は本件一戸の明渡義務はない被告永井が本件一戸を借受けた後空襲が烈しくなり、隣家に焼夷弾が落ちた際には被告等はその消火につとめ本件一戸の焼失で防いだのであつて、当時多くの人が都内の住宅を捨てて疎開して行く中にあつて、被告等はふみ止まつて本件一戸を空襲からまもつたものである。それにもかかわらず被告永井は原告の要求に応じて賃料の値上げを承諾して来たのであつて、昭和二十七年十二月分までは一カ月金千円宛を支払つた外、便所の汲取料として金二百円を支払つて来たところ、原告は昭和二十八年四月分から一躍賃料を一カ月金二千円に値上げ方を要求したので、被告永井は修繕して雨もりを防ぎ、畳を直し、開閉のできない戸障子や一階の出入口の腐つた階段の修繕を要求したのに、これが修繕義務を履行せず、原告が一方的に定めた賃料額の計算で請求し、被告永井の申出を顧みることなく本件賃貸借契約解除の意思表示をしたのは権利の乱用という外はない。

と述べた。〈立証省略〉

理由

一、まず原告の被告永井一已に対する明渡請求について判断する。

主文第一項表示の建物一棟が原告の所有であること、原告が昭和十四年五月一日訴外小松槇三郎に対し右建物のうち本件一戸を賃貸していたところ、被告永井一已が昭和二十年四月右小松から原告承諾の下に右賃借権を譲受け、原告と小松との賃貸借契約を承継し、賃借人となつたこと、そして被告永井が右賃貸借契約承継した結果小松が原告に差入れていた敷金四百円を被告永井が承継して原告にこれを差入れたこととなり、また賃料は一カ月金三十五円、毎月末日払の定めであり、賃借物の使用に必要な町内費、衛生費、塵芥費下掃除その他の費用と電燈及び水道の使用料が被告永井の負担とする定めであつたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第六号証、原告の本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第五号証の一、二及び証人小松槇三郎の証言並びに原告本人尋問の結果を考え合せると、原告と小松槇三郎との賃貸借契約については公正証書を作成し、その公正証書には畳表替の費用は賃借人の負担とすること、賃借人は賃貸人の許諾なく賃借物の全部若しくは一部転貸し、又は賃借権を売買譲渡しないことの定めがあり、被告永井が昭和二十年四月小松からその賃借権を譲受けた際には小松と原告との右公正証書に定めた各条項をも承継したものであることを認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

二、そこで本件一戸の賃料について原告主張の値上があつたかどうかについて考えてみるに、従前の賃料が停止統制額の改訂の都度値上されて来たこと及び昭和二十七年十月末頃原告から被告永井に値上げの交渉があり、その結果昭和二十八年一月分から値上げの合意ができたことは当事者間に争なく、その値上賃料額が一カ月金千五百円であつたと原告が主張するに対し被告等は一カ月金千円になつたのであると争うからこの点について考える。

前記甲第五号証の一、二及び原告本人尋問の結果によれば、本件一戸の賃料は昭和二十一年八月分から旧来の一カ月金三十五円から一カ月金百円に値上せられ、更に昭和二十三年一月分から一カ月金百五十円に、同年十月分から一カ月金四百円に、昭和二十四年七月分から一カ月金六百五十円に、昭和二十五年八月分から一カ月金千円に、昭和二十七年四月分から一カ月金千二百円に順次合意値上せられ、昭和二十七年十二月末における値上交渉の当時は一カ月金千二百円であつて、原告はこれを昭和二十八年一月分から一カ月金二千円に値上を要求したところ被告永井がこれに応じなかつたので、原告は一カ月金千五百円に値上げるよう申出て、被告永井がこれを承諾し、ここに従来の賃料一カ月金千二百円から金千五百円に合意の上値上げせられ、被告川和田が被告永井の代理として昭和二十八年三月四日原告方に昭和二十七年十二月分賃料金千二百円、昭和二十八年一月分二月分各金千五百円合計金四千二百円を持参支払い、更に同年四月五日同年三月分賃料金千五百円を持参支払つたものであることを認めることができ右認定に反する被告本人の供述は措信しない。

三、被告等は、右の一カ月金千五百円の賃料は地代家賃統制令に定められた家賃の停止統制額を超えるものであると主張し、原告は本件一戸には同令第二十三条により同令の適用がないと主張するから按ずるに、

「昭和二十一年九月三十日(以下指定日という)においていわゆる旧地代家賃統制令第三条第一項に掲げる地代又は家賃があつた借地又は借家については指定期日における地代又は家賃の額を以てその地代又は家賃の停止統制額とする。前項の規定は、建物の一部についての家賃にはこれを適用しない」とは現行地代家賃統制令第四条の定めるところであつて右第四条但書の建物の一部についての家賃とは間代又は下宿屋、共同住宅、ビルデイングその他これに類する建物の一部についての家賃をいい、長屋建のうちの一戸についての家賃を含まないと解すべきであるところ(同令の施行に関する件の昭和二十一年九月二十八日物第三二七号物価庁通牒参照)、本件一戸はいわゆる長屋建のうちの一戸に当り、指定期日において家賃があつたものであるから、本件一戸の家賃には停止統制額があつたものであること明かである。但し同令第二十三条は例外として同令の適用のない場合を定めているのであつて、原告は本件一戸は同令第二十三条第二項但書にいう併用住宅ではないから同条第二項本文によつて同令の適用を外され、本件一戸については家賃の統制額はないものであると主張するのであるが、同令第二十三条第三項によれば同条第二項但書にいう併用住宅と認められるものの範囲は建設省令で定めることとなつて居り、これにもとずいて、右の範囲について定めた地代家賃統制令施行規則第十一条によれば、右の併用住宅と認められるものの範囲は建物又はその一部のうちに同令第二十三条第二項第三号乃至第六号の用に供する部分を有する住宅で、一、当該事業の用に供する部分の床面積が十坪を超えないこと、二、その住宅の借主が当該事業の事業主であることの二要件を満すものに限るものとされているのである。本件一戸は建坪七坪五合、二階七坪五合であり、二階が店舗になり階下が居住の用に供せられている建物であり、店舗の部分をも含めて被告永井に賃貸せられたことは前に認定したところであるから、右規則第十一条の要件を満すこと明らかであつて、本件一戸は同令第二十三条第二項但書にいう併用住宅に該当するものといわなければならない。

原告は、被告永井が本件一戸の二階店舗の部分を他人に転貸したのであるから、右住宅の借主と当該事業の事業主とは同一人ではないのであるから、右規則第十一条に定める要件を満さないというが、本件一戸が階上階下とも一括して被告永井に賃貸せられたこと及び本件賃貸借契約において被告永井が右店舗を他に転貸することは許されていなかつたものであることは前に認定したとおりであるから、本件賃貸借契約においては、元来その借主である被告永井が事業主として店舗を使用するものと定められていたものと認むべきであつて、たまたま借主が貸主に無断で店舗部分を転貸した事実があつたとしても、これがため右規則第十一条に定める併用住宅の要件を欠くものとなるに至るものとはいうことができないから、原告の右主張は採用しない。そうすると本件一戸は右規則第十一条に定める要件を満すものであり、同令第二十三条第二項但書にいう併用住宅に該当すること明かであるから、本件一戸の家賃については、地代家賃統制令の適用から除外されるものではないといわなければならない。

そこで本件一戸の家賃の停止統制額について考えるに、本件建物(二戸分)の延坪数が三十坪であつて、その昭和二十七年度の固定資産課税台帳に登録された価格が金三十六万千円であること、及び本件建物の存する土地百六十二坪(但し建物敷地以外の部分を含む)の同年度の固定資産課税台帳に登録された価格が金三十五万六千四百円であることは当事者間に争がなく、(この価格は金三十七万四千二百二十円であると被告等は主張するが、原告は上記の価格を主張するから、その限度でこれを認める)また原告は本件一戸の敷地が二十一坪八合であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、被告等は本件建物の敷地が三十五坪であり、本件一戸の敷地はその半分の十七坪五合に当ると主張し、原告本人も本件建物二戸分の敷地が三十六、六坪あると供述しているから、本件一戸の敷地は十七坪五合と認める。右認定したところに基いて本件一戸の昭和二十七年十二月一日(昭和二十八年一月一日も同様)における家賃の停止統制額を算定すると次のとおりになる。(昭和二十七年十二月四日建設省告示第一四一八号による。但し改正前)

(1)  360,100円×3.7/1000+24円×30 = 2,052円37銭……二戸分の純家賃

(2)  356,400円×3/1000×35/162 = 234円70銭……二戸分敷地の純地代

(3)  以上の合計額の半分(2,052円37銭+237円70銭)÷2 = 1,143円(円未満切捨)……本件一戸分の家賃統制額

原告は昭和二十七年度と昭和二十六年度の税額対比による増加額を主張しているが、昭和二十六年度における本件建物の固定資産課税台帳に登録された価格が金三十一万六千八百円であることはこれを認めるに足りる証拠はないから、右の主張は採用しない。

四、そうすると本件一戸には地代家賃統制令の適用があり、昭和二十七年十二月一日における本件一戸の家賃の停止統制額は金千百四十三円であることは右に認定したとおりであるから、昭和二十八年一月分から一カ月金千五百円に値上の合意があつたこと前に認定したとおりであつても、原告は右停止統制額を超えて契約し、またこれを受領してはならないのである。従つて、原告が右合意値上による賃料額によつて被告永井に対し昭和二十九年二月一日と同月八日の両度にそれぞれ期間を定めて昭和二十八年四月一日以降十カ月分の延滞賃料の支払を催告したことは当事者間に争がないが、右請求額は前記停止統制額に比し約十五割の額に当り過当な請求額であるから、催告としての効力がないものというべく、従つてこれを前提とする解除の意思表示もその効力がないものといわなければならない。

五、しかしながら、本件賃貸借契約については被告永井が昭和二十年四月小松槇一郎から本件一戸の賃借権を譲受け、原告と小松との間に公正証書を以て定めた賃貸借契約の条項をも承継したものであつて、その契約の条項として賃借人は賃貸人の許諾なく賃借物の全部若しくは一部を転貸し又は賃借権を売買譲渡しないことの約定が存したことは前に認定したところである。しかるに被告永井の承諾を得ずに本件一戸のうち階上店舗を他に転貸したこと及び原告が本訴において右転貸を理由に賃貸借契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争がなく、右意思表示は原告の昭和三十年一月十七日付準備書面により同月二十六日の口頭弁論期日において被告永井の訴訟代理人に対して為されたことは記録上明かであるから、本件賃貸借契約はこれにより昭和三十年一月二十六日を以て終了したといわなければならない。被告永井は、右の無断転貸の期間は昭和二十三年から昭和二十七年五、六月頃までの間で、既に過去のことであるから、原告の解除の意思表示は失当であると主張するが、たとえ被告永井主張のように右転貸借が昭和二十七年五、六月頃に終了したとしても被告永井の賃貸借契約の義務違反の事実は存するのであるから、右解除の効果を阻却することはできないものというべく、被告等の右主張は採用しない(大審院昭和十年四月二十二日言渡判決参照)。

なお被告等のその余の抗弁はすべて賃料の支払催告を前提とする原告の解除の効力を争うものであるから、これが判断をするまでもなく、到底採用することができない。

そうすると被告永井は原告に対し本件賃貸借契約終了に因る原状回復義務として本件一戸を明渡すべき義務があること明かである。

七、次に原告の被告に対する延滞賃料及び損害金の請求について判断する。

本件一戸の賃料が昭和二十八年一月分から一カ月金千五百円に値上げになり、被告永井が昭和二十八年三月分までその支払を了し、同年四月分からその賃料の支払をしていないこと及び本件一戸には地代統制令の適用があり、同令によれば本件一戸については一カ月金千百四十三円を超えて賃料の額を契約し、又は受領することができないことは前に判断したところである。

被告永井は、原告が本件一戸の修繕義務を尽さないし、賃料領収証を交付しないから、その履行のあるまで被告永井には賃料支払の義務がないと抗争するから按ずるに、本件一戸の畳表替は被告永井の負担する約定であつたことは前に認定したところであり、前記甲第五号証の二及び原告本人の供述によれば、原告は昭和二十四年秋金千円余を費して屋根瓦を修理し、昭和二十五年には屋根にコールタールを塗り、昭和二十八年十二月初には下水を直したことを認めることができる。戦争前から存した本件建物であるから、戦争中、戦後の占領時期を通じ十分に修繕が施せなかつたことは当時の状況から推して想像することができるが、多少の修繕は賃借人において自らするのが当然であつて、右に認定した原告の施行した修繕の事実に徴すれば、被告永井が本件賃料の支払を拒絶し得る程の原告の修繕義務の不履行があつたとは到底認めることができない。また被告永井は原告が本件賃料の領収証を交付しないというが、原告の本人尋問の結果によれば、被告永井から賃料の支払があれば、原告方に備付の地代家賃の台帳にこれを記入する外、領収証を出していることを認めることができるから、被告永井は賃料支払義務を拒むことはできないこと勿論である。なお被告永井は、原告が便所の汲取を妨害したというが、これと本件賃料の支払義務とは関係がないからこれを以て賃料支払を拒絶することはできない。また被告永井は昭和二十八年四月分から昭和二十九年一月分まで十ケ月分の賃料として一カ月金千円の割合で金一万円を弁済供託したと主張するが、供託の前提たる提供の事実については何等主張するところがないから適法な供託ということができない。

但し本件賃貸借契約には敷金四百円が差入れてあることは当事者間に争がないから、本件賃貸借契約終了の際には延滞賃料から当然差引かれることは論をまたない。

そうすると被告永井は原告に対し昭和二十八年四月一日から昭和三十年一月二十六日まで一カ月金千百四十三円の割合による延滞賃料から敷金四百円を差引いた額但し右のうち昭和二十八年四月一日から昭和二十九年二月十四日まで十カ月半分合計金一万二千一円五十銭から敷金四百円を差引いた金一万千六百一円五十銭については、その弁済期以後である昭和二十九年三月七日からその支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金及び昭和三十年一月二十七日から本件一戸の明渡ずみに至るまで一カ月金千百四十三円の割合による賃料相当の損害金を支払うべき義務があること明かである。

八、次に原告の被告川和田房枝に対する請求について判断する。

本件建物が原告の所有に属すること及び被告川和田が本件一戸に居住してこれを占有していることは当事者間に争がない。そして被告川和田が本件一戸を占有するについて正当な権原を有することはその主張立証しないところであるから、右の占有は不法のものという外はない。

そうすると被告川和田は原告に対し本件一戸を明渡すべき義務があることは極めて明かである。

九、よつて原告の本訴請求中主文第一、二項の部分は正当であるから、この部分を認容し、その余は失当であからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条第一項本文、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項を適用して主文のように判決する。

(裁判官 飯山悦治)

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